2011年12月19日


きっと誰にでも『好み』というものがあるんじゃないかな。

女性なら、男性に対して

例えば、背が高い人にドキッとするとか声とか手とか。

子供っぽいけどしっかりしてるとか、ヌケてるんだけどいざというときに強いとか。


男性なら女性に対して

例えば、小さくて可愛いとか胸とかお尻とか足とか。笑

いつも強気なのに実は淋しがり屋とか、明るくて笑顔が素敵とか・・・。


そういうのって、なんで感じるんだろう。

と、さっきふと降りてきてしまって、また思考の渦の中へ。



人のことは分からないから、まず、自分はどうだろう。

女性は可愛くてちょっとドジで、色が白くて小さい子に惹かれるかな。

内面は脆い子。わたしにいつも頼ってくれる人。

男性には・・・あんまり好みってないなぁ。

敢えて言うならフィーリングかな。アバウトにしか感じられない。


なんでドキッとするのか。

医学的には色々難しい事があるのだろうけど。

わたしにはそんなのさっぱり分からないので、心の変化でいうと


まず、好みがはっきりと決まっていて、それにぴったりの人が目に入ったら

それはドキッとするだろうな。理想が(外見の)目の前に居るんだもんな。

大好きな芸能人が、いきなり自分の家に訪ねてきたような感覚なんだろう。


あとは、普段接している人(学校、職場、ネットの世界でも)に、意外な一面や

行動を見せられると、ドキッとすることもあるんだろう。

今まで一緒に遊んだことなかった人と、数人交えて遊びに出掛けたら、

思ったより気が合って楽しかった、とかそういうこともあるだろうし。

なんか気になっていつも見ていたら、いきなり目が合ってドキッとするとか。



ふとした瞬間にそれは訪れて、どんどん自分の中で育っていく。

勝手に育っていく感覚は、まるで自分が自分じゃないような、そんな気さえする。

止めようと思っても止まらないし、無くそうと思っても消えないし。

もがけばもがくほど、どんどん大きく育ってしまって困惑する。


恋ってすげーな。

自分の意思でそれがコントロールできるのなら、それは恋と呼べないのでは?


わたしは、人を好きになったかも・・・と感じると、決まって『どうしよう・・・こわっ』と考える。

それは人それぞれで、好きな人ができると楽しくてしょうがない人もいるだろうし。

でもわたしは、どうしよう・・・なのだ。


恋が成就するとは、これっぽっちも思っていないからなんだろうと片付けていたけれど

そうではないらしい。


自分でコントロールできない感情を抱くことが怖いんだと思う。

それが、良い事でも悪い事でも、わたしのなかでは一緒らしい。

恋に落ちるのと、親が余命宣告を受けることは、わたしの中で一緒らしい。


どちらも、その状況になればそれなりに気持ちの整理ができるんだろうけれど。


自分の力ではどうにもならないこと、自分が自分でなくなるような感覚、

自分の中が、強い何かで変化することがこわいんだと思う。


最近では恋なんてものからは遠ざかっているけれど、あの感覚は今でも鮮明に残っている。


だから、わたしにとって男性に対しての好みが曖昧なのは、自分の感情がコントロールできなくなるという

感覚が無いに等しいんだと思う。(多少こわいとは思う。後戻りできねえ、と。)

男性に恋をすれば、世で言う『普通』だし、何もコントロールしなくてよい。

ってことは、戸籍上・生物学上、男性であれば感情をコントロールしなくても、結果はどうあれ恋することはできる。



わたしがいちばんこわかったのは、女性のことを好きになってしまったときの感覚だ。

手を繋いだり、一緒に遊びにいったりは、男性より簡単にできてしまう。

その代わりに、相手は自分のことを友達以上には見てくれないのだ。

切なくて悲しくて、こんなに近くにいるのに、『いるだけ』しかできない。

思いを伝えたら、今の関係が崩れてしまうと思うと手も足も出せない。

なのに相手はわたしの気持ちを逆撫でするように、彼氏ができただの昨日はお泊りだっただのと

簡単に口にしてしまうのだ。


ああ、そうだ。女性はなんて残酷なんだと思ったことがある。

わたしが毎日あんたにメールをしたり、何かと言えば遊びに誘ったり、飲みに行ったら手を繋いで帰ったり

誕生日にもクリスマスにもプレゼントをあげたし、何度か好きって言った。


でも、彼女は友達以上の何ものにも感じなかった。


男性諸君、これ、ひどくないか?

尽くしたというか自己満足だけど、けっこう毎日楽しく過ごせるよう頑張ったつもりなんだが。

これが性別も男性だったら、彼女は違う反応だったんだろうか。

そうかもな『あんたが男ならなー・・・』とは言ってくれたな。

だが、わたしが性転換手術や何もかもを終えて彼女の前に現れても、きっとNOなんだろう。

そんなもんだ。

あんたが男だったら、最高に楽しい友達と最高に楽しい人生送れるのが結婚になるのになー。なのだ。


わたしもずいぶん年を重ねているから、今思えばなんと他力本願で簡単に幸せになろうとしている女なのだ!

と、ついお説教をくらわせたくなるのだが、当時のわたしは自分が女であることを責めたな。



今でも、女であることに特別快感はないが、劣等感のようなものは消えた。

たまに『ああ、女辞めたい。男に就職できんのか?』と思うことはありますが。


そうだ、仕事のように性別を行き来できたらいいのに。

ドラえもんがそんな道具をクリスマスプレゼントにくれないかな。

でもな、男になったからって、すね毛がボーボーなのは嫌だな。

やっぱりわたしは、正真正銘男性になりたいのではなく、同性どうしが恋愛の対象になっては、結婚も出来ず

社会的保障が何もないこの制度が嫌なんだな。



恋の話が、ここまで飛んだところで、わたしの妄想は終わりました。


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